―――――私には、好きな人が居るわ。
そう言われて、自分の目の前が真っ黒に染まった。
その日、いつもどおり紅魔館の門番である私……こと、紅美鈴は侵入者に備えていた。
相変わらず重労働で瞼が重いし、睡魔は関係なしに襲ってくるが、咲夜さんに怒られない為に今日も必死に戦っている(睡魔と)
そんな所に、咲夜さんが来て、私は心底驚いた。
何故なら、今は深夜である。勤務時間が私よりも短い咲夜さんがこんな時間に、しかも一人で訪れるなんて考えられない。それに咲夜さんは紅魔館に無くてはならない人である。
お嬢様に見初められ、この紅魔館という魔境に来た唯一の人間。その仕事ぶりと、瀟洒な姿からメイド達からも好かれている。仕事もきちんとこなすし、まさにメイドの鏡。
そんな咲夜さんが人間の身で紅魔館のメイド長に抜擢されたときは、驚愕よりも納得。
やっぱり、という気持ちのほうが強かった。
仕事を教えていた私から見れば、咲夜さんは自分の下を旅立つひな鳥……的な想いだったのだが。
メイド長になったことで、倍仕事をこなし、滅多に会わなくなってしまった時から少しずつ、ある感情を抱くようになっていた。
自分の力「時を操る程度の能力」をうまく使い、お嬢様を待たせない完璧な仕事ぶり、自分に厳しく、弱きものに優しく、お嬢様の敵となるものは自分の敵と認識し戦い勝利し、当たり前のようにお嬢様に仕える十六夜咲夜。
そんな彼女を見ているうちに『珍しい能力を持つ人間』から、いつの間にか『居なくてはならない存在』となっていた。
それは、私にとっても紅魔館にとっても、お嬢様にとっても、妹様やメイド達にとっても。
パチュリー様と使い魔である小悪魔さんは分からないけど、きっとたぶん同じであろう。
皆に好かれ、輝く咲夜さんに好意を抱くのに、大して時間はかからなかった。
あるいは、彼女が紅魔館に訪れたとき。
ボロボロの体で、妖怪並みもしくはそれ以上の殺意と殺気、そして憎悪を滾らせ輝く青色の瞳を見たとき。
既に私は、――――――彼女に魅せられていたのかもしれない。
きっとそう。
だから、密かに思い続けた咲夜さんが完璧なメイドに育てば育つほど、私は喜んだ。
そして、そんな咲夜さんを好きだった自分を誇った。
でも、煮えたぎる恋心を伝えることは無い。
咲夜さんは人間。
私は妖怪。
いずれ老いて逝ってしまう。
それを見届けてしまう。
例え時間が操れても、過ぎ行く無限の時を止めることは―――――できないはず。
だから想いは伝えず、実らせることもせず、私は彼女を見守ることにした。
そんなある日のこと。
深夜の時間に咲夜さんは訪れた。
「こんばんは」
「あ、はい。こんばんは咲夜さん。どうかなさいました?」
珍しい、彼女の方からここに来るなんて。
睡魔を振り払い、咲夜さんを見つめた。暗闇に隠されているため、表情は分からないが声色から機嫌はいい事を確認する。
「まあ、報告かな。それより、今日は夜明けまででしょ? 少し休まない?」
ますます分からなくなった。
仕事重視、私が寝ているのを確認すれば例え窓からだってナイフを投げてくる咲夜さんが、私に仕事を安めだなんて、どんな気紛れだろう。
まあ、好意には甘えておく。いくら妖怪でも、この時刻の仕事は疲れてしまうものだ。
私が頷くと咲夜さんは少し待ってて、とだけ告げて消えてすぐに紅茶を持って現れる。
恐らく時を止めたのだろう。
心遣いに私は感謝して、咲夜さんの準備した温かい紅茶を嚥下する。
「レモンティー、ですか?これ」
「ええ、疲れには丁度いいでしょう?」
顔が綻ぶ。
口にした紅茶は甘すぎない甘味と酸味が程好く混ざり合い、疲れを吹っ飛ばしてくれた。
「ご馳走様でした」
すぐに飲み干し、カップを戻す。
「お粗末さまでした」
そんな他愛の無いやり取りでさえ愛おしい。ほんのささやかな思いやりを感じるたびに、思いを募らせた。
――――私は、咲夜さんが、好き。
危うく出しかけた言葉を、押し留めて。
咲夜さんの顔を見つめる。
その時丁度雲に隠れていた月が顔を出し、咲夜さんと私を照らす。
咲夜さんの表情が明らかになる。
「え?」
顔は綻び、笑顔。そして少しだけ照れたように赤く染まった表情。その顔に私は既視感を感じた。
そう、あれはいつの日か咲夜さんと言葉を交し合ったその後、鏡に映った自分の表情を見たとき。自分もあんな顔をしてはいなかったか?
それが意味することを理解することが、私にはできなかった。
ただ、一つだけ。
その表情は私に向けられているわけではない、と漠然に理解して、私は深く後悔した。
そんな日から、約七日。
咲夜さんに想い人がいると知ったときから、私は身を削るように仕事に明け暮れた。
通しじゃないときも、わざわざ交代して夜明けまで仕事をしたし、館内の掃除だって手伝った。
死に物狂いで働いて、忘れようとした。
見ているだけでよかった。
知らないほうがよかった。
ただ、そこにいるだけで満足で、
自分の想いは伝えなかった。
だけど、考えても見なかった。咲夜さんを見るということは、
咲夜さんが恋をしているところを見るということで。
咲夜さんに思いを伝えないということは、
咲夜さんの恋路を影から応援するということで。
その真の意味さえ理解せず、私は想い続けるなんて、中途半端な覚悟を心に抱いて。
勝手に傷ついて、この末路。
―――――なんて、無様。
分かっている。咲夜さんは人間だ。
人間は種の存続のために恋をして、子を成して次代へ継ぐ。その一連が人としての本能だということは知っている。
だから、仕方ないと分かっていた。
そもそも、想いは伝えないと決めていたではないか。
大丈夫。
こんな痛み、弾幕で焼かれるよりも酷くない。
咲夜さんが死ぬまでの時間。きっとこんな痛みすぐに風化していくから。
だから、それまでずっと身を削るように全て忘れて働けばいい。
それからまた、一週間。一ヶ月。半年。時間は刻々と過ぎていき、私は休みなしで働き続けた。
休みなんて仮眠の三時間のみ、それ以外はずっと門番か、館内の掃除。
傍から見れば幽鬼の如し、結構前に交代した門番の子にそう言われた。確かに、そうであろう。
体はボロボロ、食事も碌に摂らないから立つのも精一杯。
その日も、そんな瀬戸際で門番をしていた。
「紅美鈴」
ふと、凛とした声で呼ばれて後ろを振り返る。そこには咲夜さんが居た。
あれから………仕事に熱中するようになってから、一度も言葉を交わしていない。
交わせば、後悔してしまう。
咲夜さんを好きになった自分を、想い続けるという誓いを。その誇りを自分自身の私欲で汚すのは嫌だった。
「咲夜さん、仕事はどうしたんですか? まだ、昼過ぎですよ」
努めて、笑う。
頭がズキリ、と痛んだが無視することにした。
「今は休憩中よ。それよりも、少し休憩しない? お茶、持ってくるから……」
咲夜さんが努めて、笑った。
胸がズキリ、と痛んだが無視することにした。
「いいです。仕事中ですから。咲夜さんも折角の休憩に私みたいなしがない門番に構ってないで、ゆっくり自室で読書でもしていたほうがいいですよ」
咲夜さんに背を向ける。
再度、頭が痛む。酷く頭痛がする。ズキリ、ズキリと時を告げるように。
「美鈴……、貴女ずっと働いてるじゃない。門番の子から相談されたのよ? 心配だって。だから、少しは休みなさい。そんなんじゃ倒れちゃうでしょ」
視界が、歪む。
「そんなのいいお世話です。私は仕事がしたくてしているんです。ほっといて下さいよ!」
叫ぶ。
頭痛と眩暈で、もうぐちゃぐちゃ、咲夜さんの声を聞いて張り詰めていた神経の糸が切れてしまったのかもしれない。
溜めに溜め込んでいた疲労が、今にでも爆発しそうだった。
「美鈴!?」
あれ?
咲夜さんが、斜めに。
何か叫んでいる。
咲夜さんが、悲痛な表情で、………なに、か…を。
そこで、私の意識は途切れた。
*****
――――想いが募れど、伝わらず。
求める指先は、空を切り。
弾けんばかりの恋心。
実ることは無いのだろう。
ようやく、理解した。
恋って言うのは、自分が想い人と幸せになりたいと思う願望のことで、
愛って言うのは、想い人が幸せになってほしいと願う祈りのことなんだ。
そして、この定義でいけば『愛』というのは、片思いのことを指す。
奪う覚悟もあって、想い人が幸せと感じなくても想いを貫くことが『恋』なら、怯えて見守ることを選んだ私は『愛』していたのだろう。
そして、その痛みが私の心を引っ掻く。
無限の棘で、痛々しい傷をつける。
その痛みを忘れようとしたけれど、結局忘れられなかった。臆病で、弱い私は中途半端なのだろう。
報われない恋なら、抱かなければよかった。
届かない指先なら、伸ばさなければよかった。
手に入らない輝きなら、知らなければよかった。
叶わない願望なら、望まなければよかったのに―――――。
それでも、私は抱いてしまった。伸ばしてしまった。知ってしまった。望んでしまった。
十六夜咲夜。
たった、一人。
たかが、一人。
ただの、人間。
一人の、人間。
そんな一人の人間に、私は叶わない恋をしてしまった。
狂おしい恋を知っている。
痛々しい愛を知っている。
この先十年、百年、千年続く私の人生で、初めて抱いてしまった恋。
それが、叶わないなら。
届かないなら、そうだ。
―――――――――――壊してしまえばいい。
なんで今まで考え付かなかったのだろう。
壊して、犯して、穢して、一生私のものにしてしまえばいい。
だって、このままでは私は狂ってしまうから。
いや、もう狂ってしまったのかもしれない。でも、そんなのもうどうでもいい。
全部。
そう全部。
壊れてしまえばいいんだ。
*****
瞼を開ける。
意識が暗い闇から、すう、と浮上して戻ってくる。
最初に目に入ったのは天井。そして次に包帯を巻かれた自分の手だった。
手を握ったり、解いたりを繰り返すが、微妙に動きが鈍い。起き上がってみたが、関節がズキズキと痛み、それが精一杯。
どうやら、私は自分の部屋に運ばれたようだ。あまりよく覚えていないけど、咲夜さんの目の前で倒れたのだから、たぶん彼女がここまで運んで看病してくれたんだろう。
メイドである妖精に、私は運べないだろうから。
だとしても、どれくらい寝ていたのだろうか?
関節が痛むぐらい寝ていたのだろうか?
寝ていた私には、その期間が分からなかった。短いようで、長い一瞬。
夢を見たけど、それが何だったかは忘れてしまった。
その時、ガチャと、扉が開く音がして、咲夜さんが現れた。
少し髪が伸びて、身長も高くなり、顔も大人びた女性の雰囲気。アレ? 咲夜さんってこんなに大人びていたっけ?
そんな、少し成長した咲夜さんと、ばっちり目が合う。
「めい、鈴……?」
「え? あ、はい。おはようございます」
呆然としている咲夜さんにとりあえず挨拶をした。そうするとますます信じられないといった感じに、咲夜さんは目を見開いた。
「そんな、嘘……でしょう。そんな目覚める、なん、て」
悲しいのか、分からない。ごちゃごちゃになった表情。
とにかく、長い間寝ていたことだけは確かなのだろう。
「あの、咲夜さん。私何日間寝てたんですか?」
「何日じゃないわ!二年間よ!?二年間もずっと寝たまんま。生きた屍になってたんだから!パチュリー様も、あの永淋でさえ、いつ起きるか見当もつかないって………ぅ、ひっく」
二年間……そんなに寝ていたのか私は。とんでもない寝坊じゃない。
というか、どうして咲夜さんは泣き始めるのだろうか?私が昏睡状態だったところで彼女に迷惑はかからないはず。
大体、咲夜さんには好きな人が居るんだから。私なんかのために無く道理なんか無い。
そう、咲夜さんに言った。すると……
「馬鹿!!」
いきなり、頬を打たれた。
というか、ここまであの瀟洒で完璧なメイド長が感情を露にするとは、珍しい。
虚を突かれたため、痛くはなかったが何故打たれたのかわからなかったので、問いただす。
「どうして、打つんですか! 泣くんですか! 私が何かしたんですか!? 私が居なくなったところで、別に咲夜さんには関係ないじゃないですか、好きな人が居るくせに、そんなに優しくしないでください!!!」
「そうよ、………私には好きな人が居るわ」
そう言われて、自分の目の前が真っ黒に染まった。
知っていた。
けれども、実際に突きつけられると絶望感が私を支配する。
めちゃくちゃにしたいという願望が、私を支配しそうで恐ろしい。
名前を聞いたら、そいつをバラバラにしてしまいそうだ。
だから、せめて。私が狂う前に。
「じゃあ、いいじゃないですか」
早く、
「ほっといて下さいよ」
早く私に、
「迷惑なんですよ」
早く私に、幻滅して―――――。
咲夜さんが息を呑むのが聞こえる。
そうだ、絶望して、もう関わりたくないと思え、もう話しかけないで、私を軽蔑しろ。
狂った獣が体の外に出てくるのを抑えながら、顔を背けて黙る。
カツン、と靴音が響いた。
ドキリ、と心臓が高鳴る。
「迷惑でもいい」
咲夜さんの澄んで、きれいな声が、近くで聞こえる。
「私は全てを受け入れるから、全てを信じるから。だから、何か言いたいことがあるんなら、私に言って?」
歯軋りの音が響く。
私は近づいた咲夜さんを思いっきり、床に押し倒した。
「くっ!?」
苦悶の声を出し、少しだけ苦しそうに呻く。
だが、それも僥倖。苦しめば苦しむほど私が憎くなるだろう。
だから、めちゃくちゃにしてやる。
もう、近寄らないように。もう、信じないように。めちゃくちゃに―――――!?
そこで、思考が止まる。
何故なら、咲夜さんが私の唇に唇を重ねていたから。
じゃれる様な、ソフトな口付け。
私の思考を停止させるには、十分だった。
唇が離れる。咲夜さんは涙を流しながら、微笑んでいた。
「好き」
そして、囁くように呟いた。
「な」
「好きなの」
「え? は、はい?」
「愛しているわ」
「ちょっ、ちょっと待ってくだ、んむ!?」
わけも分からず、再び唇を奪われる。今度は舌が進入してきて、私の舌と絡み合う。
「んふぅ、う、……ん」
「はぁっ、んんぅ」
くちゃ、くちゃ、と水音が響き、互いの荒い息を感じあった。
咲夜さんの舌が口内を蹂躙し、敏感なところを摩っていく。そのたびに私は恥ずかしい嬌声を上げてしまった。
「はぁっ、あん、くぅ」
「ふぅっぁ、ん………は、ふふふ、気持ち良いの?美鈴。涎をたらして……ふふふ」
唇が離されて、銀色の橋が舌と舌を繋ぎ、やがて落ちていく。
咲夜さんの声が、私の頭を横から殴るような衝撃を与える。なんて、魅惑的なのだろう。
もう、抑制が効かない。
「何のつもりか、分かりませんけど。後悔しても知らないですからね」
「ええ、大丈夫。先も言ったとおり全て受け入れる。だから、―――――来て、美鈴」
不思議と、涙が出た。
何故なのかは知らないが、とても悲しくて、うれしい。
でも、誤解してはいけない。咲夜さんには好きな人が居る。本人だって言っていたじゃないか。だから、誤解しては駄目だ。
お前が入る隙など、どこにもないのだから。
まず、手始めに服を破いた。
メイド服を乱暴に破き、その肌に吸い付く。
「ん、んっぁ、はぁっ―――はぁ、!」
咲夜さんを貪るように、犯す。
左手は乳房を揉み、右手は秘部に伸びている。
咲夜さんの愛液を潤滑液に秘部の中で指を出し入れさせていた。
「あぅっ、はっ、はげし、あっぁく……ふぅん」
激しく攻め立て、息する間も与えない。悶えている咲夜さんは魅惑的で、妖艶的だ。
「はっ、女に犯されているのに、感じているんですか?好きでも、無いくせに!」
「はぁっ、あんっんっ……だ、駄目っ、壊れ、ちゃぅん!」
ベットが軋むほど激しい攻め。ぐじゅぐじゅになった秘部では愛液が泡立っていた。その中に指が激しく乱暴に出し入れされる。
「くっ、は……、壊れて良いですよ咲夜さん。壊れて、滅茶苦茶に乱れてくださいよ!そして、ずっとそばに居てください、ずっと!!」
「ぁぁんぁ、乱れちゃうっ、あぁん、やぁ、壊れちゃう!」
ジュブジュブと水音が絶えず聞こえ、それにあわせて、嬌声が響く。
まるで、十六夜咲夜という楽器を私が弾いているみたいだ。なんだかおかしくてたまらない。ははははは。
私は遠回りの自慰を終わらせようと、さらに強く攻める。
「ぁぁあああ、んぁっ、やっ、めい、て、ほんとう、にぃっ、こわれっ、あ…ぁんっふはぁ、死んじゃうっ、ああゃぁ、死んじゃうっっ!!」
すごいよがり方だ、乱れっぱなし。
だから、止めを刺す。
こんな救いの無い感情の無い情交で、咲夜さんを壊すなんて、やめよう。
結局私は、奪うことのできない弱虫なんだから―――――。
「もう、イッていいですよ」
秘部の上、陰核を力一杯潰した。
「ひゃあぁあああああああぁぁああぁぁああぁ!!はんっ、は、あぁん、駄目、だめ―――――――――!!!!」
床の上で、服を中途半端に破られ、犯すだけ犯された咲夜さんが、横たわっている。
(最低だ、私)
いくら、情欲に掻き立てられたからって、こんな私を好きでもない人を滅茶苦茶にするなんて、気がふれている。
しかも、咲夜さんは好きな人が居るのに。
だけど、咲夜さんは私に同情して、哀れんで、憐れんで―――――そんなの、空しいだけなのに。
咲夜さんの荒い息を聞くたび、狂ってしまえと囁く獣が私の中に居る。
死ねばいい、こんな私なんか。
もう、顔も合わせられない。
咲夜さんを一方的に犯した私をお嬢様は許さないだろう。だから、
出て行こう、紅魔館を。
そう考えて、立ち上がりベットのシーツを咲夜さんにかけてやる。
(風邪なんか引いたら大変だ)
そんなifを考えて苦笑する。
咲夜さんが熱を出して、紅魔館が機能しなくなって、慌てるお嬢様や小悪魔さんに妹様、パチュリー様、そしてほかのメイド達。
その微笑ましい空間に、私は存在しちゃいけない。
関節が相変わらず痛んだけど、服を着替えて、とりあえず歩き出す。
そんな時。
「二年間、待ち続けたわ」
ふと、咲夜さんが呟いた。
私は怒られるのかと思って、ビクリと肩を震わせる。
「ずっと、これを言うためだけに。二年間も」
咲夜さんを見る。
すると器用に泣きながら、笑っていた。
「咲夜さん?」
「私はね、この屋敷に来たとき全てが憎くて憎くてたまらなかった。隙とあらば全てを殺そうと考えていたし、お嬢様を串刺しにしようとも企んでいた、だけど、アンタはそんな狂犬じみた私に対して、無垢の笑顔でこう告げたわね『待っていました、咲夜さん』と」
それは、
そう覚えている。
忘れもしない、咲夜さんと私が初めて顔合わせしたときの話だ。
殺気を滾らせ、一本のナイフを胸で硬く握っていた咲夜さん。
それに対して私は、ナイフの握る手を無理やり解かせて、握手をしたんだっけ。
その時の咲夜さんの慌てた表情が可愛くて、今でもはっきりと覚えている。
「その時から、貴女が気になっていた。こんなに血の匂いを放っている私に対しても、貴女はやさしく接してくれた。ずっと、人の優しさなんて信じられなかった私にとって、それはとても温かくて、尊いものだったの、だから、私は早く貴女の隣に立つに相応しい人間になるために、仕事に打ち込んで、ようやくメイド長という地位にたどり着くことができた。貴女に手を伸ばせば届く位置に来ることができた」
咲夜さんが立ち上がる。
愛液が太腿を濡らすが、あまり気にしていないようだ。
そして、私の前まで歩いてくる。
「なのに、貴女は私のことを避けるし、倒れるし、昏睡状態で二年間。私はずっと待ち続けたのよ?我慢し続けて、気が狂いそうだった」
咲夜さんの手が私の手と重なる。
心臓が早鐘のように鳴り響く、顔が熱くなっていくのを理解する。
「これを言うためだけに、二年間。私はずっと待ち続けた。―――――美鈴、貴女を愛しています」
そんな、
そんな馬鹿な。
だって咲夜さんには、好きな人が居るって。
「ええ、居るわ。目の前に」
でも、
私はひどいことしたし、そんな好きだなんて。
「そんな無鉄砲なところも、全部愛しているの。言ったでしょう?全部受けとめるって」
じゃあ、今までの私の思いは、感情は?悩みは?苦労は?
「周りを見ずに逃げ続けたから、自業自得よ。まったくの徒労だったわけね。だって、私は最初から貴女一筋だもの」
体から力が抜ける。
「なんですか?それ」
ずっと悩んでいたのが馬鹿みたいだ。
突っ込んでいればよかった。あたって砕けていればよかったんだ(砕けちゃいけないけど)
そうすれば、ここまで歪むこともなかったのに。
咲夜さんを犯すときだって、もう少し優しくできたのに。
やっぱり臆病だな、私って。
「そんな、臆病なとこも好きだから」
くすくす、と幸せそうに咲夜さんが微笑む。
私もつられて笑った。
咲夜さんが身を摺り寄せて、肩に頭を置く。
隣に感じる温もりが、今は幸せだった。
ゆっくりと育もう、この遠回りで愚鈍な愛の行方を。
「愛しています、咲夜さん」
「私もよ………美鈴」
狂おしいまでに、無情なる時間の中で。