初出展 東方夜伽話
登場人物
犬走椛
射命丸文
注意
ネチョが凄く薄いです。
色々分からないこともあるでしょうが、上・下構成なのであしからず。
・
それは誰の涙だったのか。
頬に伝う涙は私の涙なのか。
それとも、貴方が零した涙だったのか。
おぼろげな意識の中、私はその必死で歪んだ顔を眺めた。
愛しい人。
大切な人。
だからこそ、守ると決めた貴方の笑顔。
だからこそ、貴方の幸せの為に私は――――――。
私は、貴方の前から、消えようと、決めた。
◇
「んっ、んっ……はあ」
「あぅん、は、あ………ふぁっ、あ」
人も物の怪の眠りに落ちた深夜。
妖怪の山にある一つの家屋に小さな光が灯っている。
些細な光、枕元を明るくするだけの光の中で、二つの影が交わっていた。
「はっ、あ。きもち、いい、ですか?射命丸様」
一人は白狼天狗の犬走椛。
「うぁっん、ふ、ひぁっ、ん。いい、ですっよ、椛ぃっ!」
そして椛に押し倒され熱くて太い肉棒に突かれているのは、椛の上司である鴉天狗の射命丸文である。
上司と部下。女と女の異常の交わり。しかし、天狗特有の両性具有によって二人はこんな関係をずっと続けてきた。
ある時は文が椛を犯し、ある時は椛が文を犯す。
しかし、文としては犯される方が愛されているということを実感するから、椛が文を犯すときの方が多かった。
たとえその愛が偽りであっても。
(分かっているんですけどね、椛が私を愛していないことぐらい)
文にはうっすらと理解できていた。自分がこよなく愛しているこの白狼天狗には他に好きな人がいる。
そして、何度がその人と交わっていることも。
(伊達に千年以上生きてませんから)
大妖怪といわれる天狗の中でも上位とされる鴉天狗の文は、鴉天狗の中でも割合強い方であり、そのスピードは幻想郷一と謳われるほどの実力を持っている。
そんな文にとって匂いを嗅ぎ分けることは造作の無いことであり、それが愛液や精液などの独特の匂いならばなおの事。
椛の体から自分以外の愛液のにおいを感じたときは、軽く絶望感が文を襲っていたが。
それも短い間だけだった。
(よく考えれば分かることでしたね。だって、私と椛の関係は上司と部下。仕事上の関係でしかなかったんですから)
そう考えるようになった文は、あまり深く椛を求めることはしなくなった。
しかし、文はこの交わり。少しの間だけどささやかな愛を感じる、この瞬間を手放す気にはなれなかった。
椛が苦しむと分かっていながら。自分の満足の為に椛を傷付けていることを理解していたが、どうしても止めることができなかった。
「はっ、んぁぁああああ!」
「くっ、はっ!」
精が迸る。
この至福の瞬間。
自分がただの雌だと理解する、この瞬間こそ。
椛を傷付けてまで文が求めた愛の形。
くた、と倒れた椛を支える文。
椛のふやけた顔を見るのが、とても幸せだった。
とても、歪んでしまったけれども。それでも、文は椛を愛している。
だからこそ、分かっていた。
「椛の幸せな未来には。私はいないほうがいいんです………」
快楽に溺れ、達し、冷静になった交わりのあと。文は静かに涙を流すことが多くなった。全てを理解しているのに踏み出せない自分の愚かさと、いつか来る椛との別れに。
◆
早朝。
目覚めると私は椛の幸せそうな寝顔を拝見してから、妖怪の山の滝に来る。
今度書く新聞の記事を頭の中で整理する為に、この静かで誰一人いない滝に来るのが習慣だった。
(さて、確か紅魔館で門番が目覚めたという噂も聞きましたね。あと、パチュリーさんと魔理沙が結婚したという噂も。………あとは―――――)
最近集めてきたネタをまとめた手帳を見ながら、考えに耽る。
「そういえば、アリスさんが幻想郷から消えたとかいうのも―――――、今日調べに行って見ましょうかね」
んーっ、と背伸びをしながら今後の予定を立てる。
(まずは紅魔館。次にアリスさんの家に行って……)
その時、ぐう〜と腹の虫がなった。
「むぅ、少しおなかがすきましたね」
滝の水しぶきを浴びてリラックス(マイナスイオン効果)した私はそろそろ朝ご飯を食べに一回家に帰ることにした。
家に帰ると布団が綺麗に畳まれてあり、ご飯も用意されていた。
しかし、そこに椛はいなかった。
「椛もわざわざそんなことをしなくてもいいのに」
白狼天狗の仕事は朝早い。だから、ゆっくりしていってほしいのだが椛は必ず朝ご飯を準備して行ってくれる。
ありがたいが申し訳ない気持ちの方が大きかった。
(私にはそんな施しを受ける権利さえないのに、それだから私は図に乗ってしまうんですよ。椛)
優しくされれば誤解してしまう。
愛されればもっと求めてしまう。
偽りだと知りながらも、求めずにはいられない貪欲な私には椛はつりあわない。
私が寂しいといえば、
私が悲しいといえば、
私が抱いてといえば、
椛は必死にその願いをかなえてくれる。
それが反対に辛かった。
むしろいっそのこと、拒んでくれたら。私だって、仕事相手としか見ないように自分の偽ることが出来たのに。中途半端に愛するなら、せめて。
痛めつけて縛り付けて、優しくしないで。
「椛」
椛の声が忘れられない。
『はっ、あ。きもち、いい、ですか?射命丸様』
こんなに誰か一人を狂おしいまでに恋したのはいつ以来だろうか?
一年? 十年? 百年?
それとも。
初めて、なのだろうか?
「千年以上生きて初恋が椛なんて、ちゃんちゃらおかしいですね………」
私は鴉天狗で天狗の中でも実力はあるほうだし、信頼だって中々のものだ。知り合いだって多い。それに自分で言うのもなんだが、容姿だってまぁまぁ自信がある。今までだって色々な妖怪と付き合ってきたし、肌だって重ねてきた。
今だって、たまに告白してくる天狗もいる(断っているが)
そんな私が本当に心から恋した、つまり初恋が椛なのだとしたら。
私の初恋は――――――――。
「絶対に、実らない………」
だって、椛には好きな人がいる。
私の心は届かない。
どうして、椛なのだろうか?
私は椛を傷つけ、自分の欲望を満たすことしか出来ないのならば。椛の未来のためにも私はいないほうがいいのだ。
◇
少し昔のこと。
まだ射命丸文が実力は認められてもあまり有名ではなかった頃の話。
部下として文の元に来た白狼天狗の椛。
初めて顔を見たとき、文はその幼さに秘めた意志と芯の強さに惹かれた。はっきり言えば文は椛に一目惚れをしたのだ。
「はじめまして。これから射命丸様の手伝いをすることになりました白狼天狗の犬走椛です」
「え? あ、はい。私は―――――」
「聞き及んでおります。私自身、射命丸様に憧れているので………これからよろしくお願いします」
しっかりした子だなと文は思った。
冗談を言わず、筋の通った行動。適切な行動。文は共に行動を続ければ続けるほど惹かれていくのを感じた。
気付けば。
『気になる』人は。
『好きな』人になっていた。
(部下にこんな感情を抱くのは変なのでしょうね)
椛も文のことを憧憬と尊敬の眼差しでみつめど、決して恋慕の瞳で見つめることは無かった。
天狗の中でも上位に存在する鴉天狗。そしてその中でも期待の実力者と謳われていた射命丸文に恋慕するなど、位の低い白狼天狗には許されないことだったからだ。
その二つが相まって、椛が文を恋慕の対象とすることは無かったし、椛にも当時から気になる相手ぐらいいた。
椛とて相当モテる方なのである。
強きものにも、弱きものにも優しいという定評と、相手を気使うことが出来る性格。
そして可愛い部類の容姿もありモテていた。
文が強さと、余裕の態度と、美しさで人を魅了するなら。
椛は意志の強さと、優しさ、可愛さで人を魅了する。
そんな文の恋慕と、椛の想い人。
想いが交差することは無く長年の付き合いを続けていた。
でも、ある日のことである。
事件が起こってしまった。
「うぁ、あ、………あつぃぃい!」
悪酔いした巫女に一服盛られた文は、全身に駆け巡る快感と熱さを消化できずに悶え苦しんでいた。
そんな所に運悪く、椛が遭遇してしまったのである。
「あ、射命丸様――――――っ!?」
道端で倒れていた文を抱きかかえたとき、その妖艶な姿に目が奪われてしまった。ただでさえ美しい文が快感で惚けた姿は魅力に他ならなかった。
「も、みじ? 駄目です! にげてぇ……んぁ!?」
しかし、文はその状況に喜ぶところか拒絶する。
本来なら、椛に抱きかかえられているということは嬉しいはずなのに………である。
「射命丸、様?」
ギリリ、と歯を食いしばる音が響き、椛は心配そうに顔を覗き込む。
「今、ちょっと調子が悪いんです。ですから、早く離れてください」
荒い息のまま、喘ぐ文と紅潮した椛の表情。
誤解が生じてしまうかもしれない状況の中で、文は一刻も早く椛と離れなければとあせっていた。
椛が誰かに恋焦がれていることは文が一番理解していたからこそ、この状況はヤバイと感じたのだ。
「駄目ですよ」
なのに。
「今の射命丸様を一人で帰すわけにはいけません。何か万が一にもあったら、私は自分が許せません」
なのに、椛は文を抱き上げ。
「んぁ!?」
家に送り届けようと、歩き出した。
衣擦れさえ快感となる今の文にとって、椛の腕の中にいるというのは凄く刺激が強くて、家に付いた瞬間。
「え?」
椛を押し倒した。
「ふふふ、椛が悪いんですよ? あれだけ私は言ったのに」
くすくす、と微笑む文の妖艶さに見惚れながらも、文が椛の頬に手を添えると流石にわれを取り戻し、
「何を――――――」
叫ぼうとしたが、それは温かい文の唇に封じられてしまう。
「ん、ふふ、ふふふふ――――――――ぷはぁ、ん。凄い量の唾液、やっぱりいいですねぇ。私、久し振りなので止められないかも」
抗議の声を出そうにも、その美しさのあまり声が出せなくなってしまった椛は、そのまま文に愛撫されていく。
「凄いですね。凄く肌が綺麗――――――………。白くて、甘くて、穢れひとつ無い陶器のように滑らかで。凄く―――――――綺麗」
「はぁっ!? あ……んっ」
肌をなでる細い指が、胸の突起に至る。
ピクン、と震えた椛を見て文はにっこりと微笑むと理性を捨て去り、そのまま椛の体に溺れた。
◇
それが椛と私の愛の無い交わりの始まり。
我ながら呆れるほど強引だ。
それだから椛に振り向いてもらえんだ。まぁ、最初から振り向いてもらおうなんて思っていないけれど。それでも、少しは好かれていたのに。それをむざむざ無駄にするなんて。
「馬鹿ですね、私は」
飛び立つ。風がザァッと吹き荒れ、気付けば幻想郷を見下ろせる位置に立っていた。
この風景を見ていると、不思議と癒される。
こんな私でも幻想郷の一部になれた気がするからだ。
このときだけは全てを忘れることが出来る。
「さて、今日も仕事、仕事っと」
紅魔館。
「では、二年間もずっと看病を?」
メイド長の十六夜咲夜にインタビューをする。
「まぁね、私は美鈴のことを愛しているし、それを伝えないで終わるなんて嫌だもの」
なるほど、とネタ帳にメモする。
「それにしても、咲夜さんって意外と一途なんですね〜、少し以外でした」
「なによ、ソレ。まるで私に移り気があるみたいな言い方じゃない」
全部書き終え、パタリと手帳を閉じて目線をあげると少しだけ怒った咲夜さんがいた。
「ハハハ、まぁ、実際には一途だということを書いておくので。大目に見てください」
「易々と取材に応じている時点で大目に見ているつもりよ。それよりも、貴女だってなかなかに一途じゃない」
ズキリ、と胸に痛みが走る。
一途、か。私には到底似合う言葉ではありませんね。
私は椛のことを忘れる為に色々な人と肌を重ねていますから。現在進行形で。
「いいえ、そんなことはありませんよ。………では、私はここで」
「待ちなさい。さっきも言ったけれど、愛しているなら、伝えてから諦めなさい。いいわね?」
「――――――まさか、人間に助言されるとは考えてませんでした」
ふっ、と嘲笑すると再び空に向かって飛び立つ。幻想郷最速と謳われる私ならではのスピード。既に紅魔館は遥か下である。
(次はアリスさんの自宅ですかね)
魔法の森を目指す。
その道中。私の頭の中ではさっきの咲夜さんの言葉を半濁していた。
『愛しているなら、伝えてから―――――』
「諦めるなら、想わない方がいいじゃないですか。知らないほうが考えずに済むのは当たり前の常識なんですから」
でも、私だって理解している。
考えずにはいられなくなる。それが恋なのだということを―――――――。
(私は椛のことを愛している。では、椛は―――――?)
考えれば果てが無い。
それでも、考えずにはいられない。
馬鹿だと理解していた。自分でも分かっていた。報われない、この恋を自分でも知っていた。
叶うことがないと、誰よりも自分で分かっていたのに。
これが、咲夜さんの言う愛なのですね。
相手を想い、相手の願いが叶うことを願う。
それが『愛』
そして、自分の想いが通じることを願う。
それが『恋』
そろそろ自分自身にけじめを付けなければならない時かもしれない。
そう考えて、自分の頬に涙が伝っていることに気付いた。
「なんで、私」
(いや)
「泣いて―――――?」
(いや)
気づいてしまった。
(嫌)
私は、椛が好きで。
「椛と離れるなんて――――――嫌」
離れなくちゃいけない。椛を思うなら、私は傍にいてはならない。
分かっているのに。いやだ。
椛と離れるなんて嫌だ。
離れなくちゃいけないのに。
こんなにも、狂おしいほど椛を愛してしまった。
わかっていたのに。離れなくちゃいけないということは理解していたのに。
離れたくない、愛していたい。
そう思って、しまった。
その日の夜。
私は椛の家に行く。いつもは私の家なのだが、いろんな意味でけじめがつけたかった。
「椛」
いつもどおり、私の夜伽相手として任務を果たそうとする椛の名前を私は呼ぶ。
椛は布団を敷いていたがそれを遮り、椛を引き寄せる。
「射命丸様?」
「文と」
「え?」
呆然と口を開く。その姿が愛しいと感じた。
「文と呼んでください」
「えーと、文、様?」
少しだけ所在無さ気にキョロキョロと慌てている椛。
その仕草が愛しいと感じた。
「いいえ、文」
「え? でもそれは―――――」
「今は任務も何もかもを捨てて、私を一人の女としてみてください。椛」
私はそっと押し倒す。優しい瞳が今は少しだけ不安げに震えている。
「さあ、椛―――――」
涙が零れそうになるのを、私は抑える。ただこの一夜だけ。
この一夜だけ、貴女を近くで感じたい。
「ソレはできません。私、私には――――――」
(あややや、やっぱり駄目ですか)
「ですよね、私と貴女は任務だけの関係。上司と部下。そして、貴女には私よりも大切な人がいるのですものね………」
「文、様――――――?」
いいんです。これが正しい。
私と貴女はこうなるべきではなかったんですから。
だから、この一夜だけでも。
貴女を感じていたい。
そして、この熱くて狂おしい夜が過ぎたら。
上司と部下に戻りましょう。
ただそれだけの関係に―――――――。
何も知らない。そんな、関係に。
◇
「んぁっ、く、うぅん」
椛を犯す。
ぐちゃぐちゃに蕩けさせて、肉棒で滅茶苦茶にして。
「ふぐっ、ぅぅん! ………ぁあ」
久しぶりだ。私から椛を愛するなんて。
いままでは、ずっと椛の優しさに甘えてきたから。
だからこそ、こんなにも悲しい。
これが終わってしまえば。
全てが終わる。
椛の幸せの為に、私は椛の前から消え去らなければならない。
「ぁぁあん、………文、さまぁ!」
「どうしたんですか、もみ、じ? 言ってみないとわかんないですよ?」
だから許してください。
こんな私を。
「うぁあああぁあああん!!!」
椛が果てる。
私もその子宮の動きに合わせて全て吐き出す。
永遠にも感じる快感の迸りが下腹部で破裂し、力が抜けていく。
全てが終わった瞬間だった。
◇
「ありがとう、椛。こんな穢れた私を少しの間でも救ってくれて」
早朝。
まだ、日も上がらない時間に起きて、隣に眠る椛を見つめる。
すやすやと眠るその安らかな寝顔に私は顔が綻ぶ。
はじめて出会った時。
はじめて愛し合った時。
はじめて戦いを共にした時。
全てがついさっきのことのように思い出せる。
「こんなに弱くて、情けない上司でごめんなさい。だけど、これだけは真実よ。椛、私は貴女のことを―――――――」
愛していました。
この家も、貴女の笑顔も。
もう二度と見ることは無い。
私は今日限りで幻想郷から出て行く。
幻想郷の外の世界で、情報収集をするという任務に付くからだ。近代社会を目指す天狗の者達にとってそれは重要な任務。
いままで、要請があったのだが幻想郷から離れるのが嫌でずっと蹴り続けていた任務だった。
もう戻ることは無い。
戻ってきたとしても、私は椛の元には行かない。
大天狗様にも頼んできた。
「今日を持って、犬走椛を射命丸文の部下から外します。………―――――幸せになってください、椛」
椛は私の専属から外され本業に集中することが出来る。
そうすれば、少ない休みも私で潰されることなく、椛の想い人と有意義な時間を過せるだろう。
「さようなら。椛。愛していましたよ」
椛の家から飛び立つ。
幻想郷の外へ旅立つ。
もう、後戻りなんて出来ない。
こんな愚かな自分に縛られていた椛が幸せになってくれることを願って。
◇
「ん……」
椛が目覚める。
頬をなでる優しい風に心地よさを感じながら。
もう少しだけ………寝ていようと、再び布団にもぐりこむ。
椛は気付かない。
文がいなくなっていることに。
気付かない。
一つの物語が終わったことを。
遠回りで悲しい愛の結末に続く