手を差し伸べて
春
彼とであった厳しい季節は過ぎ。
やがて暖かい春が来た。
桜の舞う季節
士郎は私に手を差し伸べた。
◆
「花見に行きましょう」
桜、イリヤ、藤ねぇ、遠坂、俺、といつものメンバーで夕食を食べ終わり、お茶を飲んでいると、誰かがそんなことを言った。
「花見、ですか?」
桜は遠坂におずおず聞いた。どうやら、言ったのは遠坂らしい
それにしても、突拍子な提案である。
「あのなー、遠坂。いきなり花見といってもだな、色々問題あるだろう?」
それは、最近この家のエンゲル指数が上昇しているからだ。
なんといっても、お金。
つまり赤字なのだ、衛宮家は。
「特にないわよ、そんなの。最近イリヤの体の調子も良いし」
だが、何にも知らないこの悪魔は優雅に紅茶を飲みながら、呆気らかんに呟く。
なんというか、俺、この家の大黒柱のはずなのに立場がないような?
「とりあえず、否定権は士郎にはないんだから。あるとしたら私だけよ」
(ような、じゃなくて、ないな)
改めて確認すると、悲しくて涙が出てきた。
「ええ、私も花見というものには興味があるわ。でもリン、急すぎないかしら?花見というのは相当の準備が必要なんでしょう?さすがにシロウと桜がかわいそうよ」
む、意外な助け舟。イリヤか。
イリヤはもっともらしく淡々と、自分の意見を言った。
「イリヤの言うとおりだぞ?どうしたんだいきなり。遠坂らしくない」
「うっ」
俺とイリヤに迫られて、うろたえる遠坂。
というか、うろたえすぎじゃないか?
「うーん、要するにね士郎。遠坂さんは、士郎の事をデートに誘いたがっているのよ」
と、俺の真横から今まで一言も喋らず、黙秘していたタイガーがさりげなく凄い事を言った。
(タイガー、恐るべし)
「んー、なんか失礼な事、思っていたでしょ士郎」
このトラは、人の心を読めるらしい。この家ではプライバシーという言葉がないのか!
目を離している内に、今度は遠坂とイリヤ、そして意外な事に桜まで乱闘していた。
「姉さん、それ、本当ですか!」
「え、あ、あの桜?」
「だとしたら、抜け駆けは許しません!!そうですよね、イリヤちゃん!」
「そうね、でも桜、抜け駆けというのは正しくないわ。この泥棒ネコは、私から士郎を奪おうとしているのよ。どちらにせよ、桜には関係のないことだわ。それとも、抜け駆けというのは、貴女も私から士郎を盗ろうって言うの?桜」
「〜〜〜っ」
「ちょっとイリヤ、私の士郎ってどういうことよ!まだ、士郎は誰のでもないわ」
「そ、そうです。イリヤちゃんの物でも何でもありません。先輩は私の……」
人を無視してひどいものである。
俺は物か。
そのとき、真横からトラの如き咆哮が響いた。
「うるさ―――――――い!!」
「うっっっっつ!?」
家中に響いたそれは、俺の真横の藤ねぇのもの、大ダメージを食らった俺は、そのまま失神した。
いつの間にか朝である。
「いっ、てぇ」
朝の5時半。
いつもどおり起きた俺は、頭をハンマーで殴るような激痛に襲われた。
もちろん一瞬だったが。
それで、目が一気に覚めた俺は立ち上がろうとして、落ちた。
「!?ぐはぁっ」
敷布団に寝ているのだから、落ちるわけがない。ということは
俺は床に思いっきり打ちつけたおでこをさすりながら、状況確認をする。
「なんで俺は、離れで寝てるんだ?」
ここは本来、遠坂の部屋だ。
だけど、今までは自分が寝ていた。
遠坂はどこに寝ているんだ?
「いや、そもそも、確か俺は昨日、藤ねぇの叫びで失神したはず。運ぶならここよりも、俺の部屋のほうが近い。なんでわざわざ、ここに?」
謎だ。
謎ラーだ。
グルグルのウズマキである。
「つまりは、あんたと一緒に寝たかった。それじゃ、理由にならないかしら?」
背後から、寝ぼけた声が聞こえる。
ん?背後から?
「ななななな、ととととと」
「アンタが大きな声でぼやいてるから、うるさくて起きちゃったじゃない」
ゆっくりと身を起こし、目をごしごしとこすった後、大きく伸びをする。
「と、おさか?」
「おはよう、衛宮くん。よく眠れたかしら?」
こっちはパニック状態だというのに、意地悪い微笑をして、遠坂はそんなことを聞いてきた。
(つまりなんだ、俺は気絶した後、遠坂の部屋につれられて、そのまま遠坂と一緒に寝ていた。そー言う事か、そー言う事なのか――!?)
だとしたら、ヤバイ。
今日はデートなのに。
この事態が藤ねぇにばれても、イリヤにばれても、桜にばれても。
うわぁ、死のプロットしかねぇ。
そんなことになったら、あの子は悲しむだろうか?
アルトリア
俺の愛しい人に似た、少女。
「ごめん、このことは黙っていてくれ」
「ん?」
そう思うと、冷静に判断できた。
ここはどうにか、遠坂には黙ってもらっていて、後で借りを返す。
そうすれば、約束を破らずにすむはずだから。
「ふーん、イヤに冷静ね。だけど無償で私が聞き入れると思う?」
こっちが予想したとおりに、遠坂は聞いてきた。
答えは決まっている。
「ああ、なんでも言うこと聞くから―――――」
それが、悪かった。
「ふぅん、最近帰りが遅かったり、休日になってこそこそ出かけるのは、そーいう事」
険悪なムードが三人の間に流れる。
そんな中、公園で俺と遠坂とアルトリアは出会った。
遠坂は俺の何でも聞くという言葉に、
「じゃあ今日、私と花見に行きましょう」
といった。
しかし、今日は先約がある、といったら「ばらす」と脅されてしまった。
仕方なく、アルトリアと待ち合わせの場所である公園へつれてきた。
「セイバー?」
最初の内は遠坂も目を疑っていたが、俺とアルトリアの会話を聞いている内に
「別人、か」
と呟いた。
セイバーとであった日、3年後にアルトリアとであった。
2月のはじめ。
雪こそ降らないが、凍えるような寒さの中、アルトリアは公園のベンチで寝ていた。
それを偶然見つけた俺は声をかけて、その容姿がセイバーに似ている事に気づいたのだ。
まさに運命のような出会い。
それから度々会うようになって、彼女がセイバーと違う事を実感した。
名前はアルトリア・ルゼリィア。
イギリスの田舎町から留学してきた高校生。
4月から穂群原学園に編入するらしい。
それでも、セイバーとアルトリアを重ねずにはいられない。
彼女は、セイバーに似すぎている。
違うと分かっていても、俺は彼女に惹かれていった。
アルトリアの中のセイバーに。
「つまりはどうなのよ」
かなり不機嫌な声で、それでもだいぶ声量は落として、遠坂は俺に耳打ちした。
「なにがだよ」
こちらも努めて声を小さくする。
「だーかーらー、付き合ってるの?」
だけど、その努力は遠坂の一言で無駄になった。
「んなわけないだろ――――!!」
それで終わり。
アルトリアには微妙にひかれてしまった。
「ふー、ちょっといいかしら?貴女」
遠坂はアルトリアに近づき、じーと睨む。
アルトリアも負けじと睨み返す。
その様子を見ていて、それがセイバーと似ていて、自然と笑ってしまった。
「士郎、この子はセイバーとは違うのよ」
と、いきなり本人の目の前で無慈悲に告げた。
「遠坂―――「この子の中にセイバーを見たって、この子とセイバーを重ねたって同じ事よ、貴女もそう。こいつは貴女の中に好きだった女の子を重ねている。きっと貴方たちはうまくいかないわ」
「なっ」
今度こそ言い返そうとした。
たしかに遠坂の言うとおりセイバーを重ねていた。だけど、それはこの前までなんだから。
いまはただ、この少女が好きだ。
セイバーとしてじゃなくて、アルトリアとして愛している。
「ええ、私もそれは感じていました。士郎さんが私を見るとき、切なそうに笑うんです。私を見るたびに、何かを実感して悲しんでいるように」
それっきり、しばらく沈黙が続いた。
しかし、
「合格、いいわ。負けたわ」
遠坂は溜息をつくと苦笑いをした。
「へ?」
少しにらみ合っただけで、遠坂が負けた?いや、そもそも何で勝負していたんだ?
今日はいろんなことがありすぎる。
「とりあえず、行きましょう?花見」
遠坂はアルトリアの手を取ると、走り出した。
「あっ!」
アルトリアも驚いて固まっている。
しかし、遠坂は待ってくれないので、俺も遠坂を追った。
◆
「はあっ、はぁ、あ」
全速力でついていったのに追いつかない、なんて
なのに、どうして遠坂とアルトリアは息一つ乱してないんだ。
なんというか、男としてどうかと思う。
「とりあえず、ついたな」
目の前には、桜が咲き乱れている。
遠坂とアルトリアはそれを見上げ、魅入っている。
「きれいだな」
そっ、とアルトリアの真横に行き、桜を見上げながら呟く。
「はい」
アルトリアも桜を見上げながら呟いた。
「ふぅ、邪魔者は去りますか」
そう言って、遠坂は来た道を戻っていく。気を使ったのだろうか?
「がんばりなさいよーー」
「っ」
ほんと、一言多い。
でも、まぁ、コレで言う勇気ができたというものだ。
癪だけど遠坂には感謝しよう。
そして、真っ赤になった顔を隠さず、アルトリアを見つめる。
「士郎さん」
アルトリアは優しく微笑む。
「ああ、俺は君の事が―――――」
春
桜の舞う季節
俺とアルトリアは
手を取り合い、舞い散る桜を見上げていた。
手を差し伸べたほうも、差し伸べられたほうも、心に何か暖かいものを感じながら。
ずっと、ずっと――――――。
桜を見上げていた。
Fin
Publish at :2007/10/07(Sun) 17:50
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