Last Days (最終章)
夢を見た
誇り高き騎士王の夢を
夢を見た
隣で笑う少女の夢を
夢を見た
その夢は愛しくて、同時に尊い何か。
どちらの夢にも、同じぐらい愛しい誰かがいる。
あいつ
ひとつは、朝日に消えるようにいなくなった、セイバーの夢
アルトリア
もうひとつは、どんなときも笑顔で、時には拗ねたりもした少女の夢。
だけど、その夢の中では二人とも共通した表情をしていた。
それは哀。
何故か、二人とも悲しそうな顔をしている。
なんで、と問えば、また二人とも悲しそうにただ首を振るだけ。
白く淡い夢なのに
居心地のいい夢なのに
俺はとてつもない、不安を覚える。
それは、誰かを失うときの不安と酷似している事に気づくのに数秒と掛からない。
俺は去っていく二人の後姿を、追おうとしたが、朝の訪れを待って、それは儚く消えた。
「おはよう士郎」
「おはようございます、先輩」
「おっはよーう、し・ろ・う」
「おはよう、お兄ちゃん」
遅れて現れた俺に対し、皆は暖かく迎えてくれる。
「おはよう」
返事をして、そのまま台所に向かう。
台所には既に下準備が済んでいる食材が所狭しと並んでいた。
桜がしてくれていたらしい。
「いくら、朝は先輩に任せると約束したとしても、まだ私は納得していないんですから」
そんなことをいいながら、桜は自分専用のエプロンをして、俺の隣に立つ。
それに俺は諦めに似た溜息をつくと、
「ああ、そろそろ俺も折れようかな」
と呟く。
すると桜はぴくりと体を震えさせて、俺の顔を見つめる、いや睨む。
桜は信じられないという驚愕の顔と、同時に嬉しそうな、良くわからない微妙な表情をしている……――――――?
「って、桜!!なんで泣いてんだ?」
変な表情を巡り巡る内に、いつの間にか桜は膝を屈して泣いていた。
「ちよっと!何、人の妹泣かしてるのよ」
あーだ、こーだと言っているうちに遠坂まで台所に現れて、次々と出てくる住人たち。
「どうしたの桜ちゃん」
藤ねぇの問いかけに桜
「先輩が、苦しそうに笑うから」
と泣きながら、答えた。
いきなりだが、セイバーが朝日に消えるように去ってから、既に五年。
アルトリアと出会ったのがちょうど三年目の日だったわけで、つまりあの選択から二年たっている。
どちらの魂を救うか、その選択から二年、この家にはアルトリアもセイバーもいなかった。
そう、いない。
いないのだ。
◆
二年前。
「というわけで、分かっているわね二人とも」
遠坂は家にもどるや否や、いきなり本題を切り出した。
その日、最後の思い出になるかもしれない、とプールに出かけていったのだが。
セイバーの魂の侵食が思ったより早く進んでおり、もはや意識が混濁しているという状態。
セイバーと問いかければ、セイバーとして答え
アルトリアと問いかければ、アルトリアとして答える。
正に拮抗している状態。
それは本人の意思を無視して進められる。
しかし、最終的に俺が決めなければ、二つの魂はいつまでも一つの体に止まり続ける。
遠坂曰く、今はどちらが勝つか分からない、魂が等しく拮抗している状態だという。
しかも、このままそれが続けば、どちらの魂も力の使いすぎで消えてしまうか、一人の体に二人分の魂が入っているという矛盾から、遠坂にも分からない何かが起こる可能性があるとも聞かされた。
そしてこの日、俺は最後の選択をすることになった。
いや、遠坂にはもう自分の気持ちを告げている。
そう、俺はアルトリアを愛す事を、生かすことを決めた。
遠坂は最初驚いて、しばらく沈黙が続いていたわけだが。
「驚いた。てっきりアンタがアルトリアと付き合っているのは、セイバーに似ているからだと思ってた」
と、本当にまだそんなことを思っていたらしく。
「春にも言ったけど、俺がすきなのはアルトリアの優しさだ。他人に他人を重ねるなんて失礼だろう?確かにセイバーに似ていたという部分も少しはあるけど、今はアルトリアとして好きなんだ」
「はいはい、のろけは後にやってよ」
と、熱弁を軽くかわされた。
とりあえず、そこで俺はアルトリアを選ぶと決めて、今に至るわけだが。
「私は今日までの人生に悔いはありません」
アルトリアはまるで自分が消えるかのように語り始めた。
「もう、記憶が徐々に消えていくけれど。貴方の笑顔だけはいつまでも忘れない。
たった半年ちょっとの付き合いだったけど。あなたとの思い出だけはまだ消えていないから、それを胸に残して消えるなら、幸せな事はない」
それは、とても寂しい宣言。
自分が消える事を前提に語られる、文字通り”別れ”の言葉だった。
「たとえ、これが最後だとしても、私に悔いはないのだから……―――――!」
アルトリアが喋り終わった後、俺はアルトリアの頬を思いっきり叩く。
アルトリアは大きく目を見開き、俺の顔をポカンとした変な顔で見上げる。
「俺は、お前が好きだ」
そして、俺はアルトリアの華奢な体をぎゅっと抱いた。
「私はセイバーさんじゃないんですよ」
「ああ」
アルトリアは俺を押しのけようとする。
だけど、俺は離さない。
「私は貴方に愛してもらう資格なんて無い、私はずっとセイバーさんという存在に嫉妬していました。貴方が私の奥のセイバーさんを見ているような気がして、ずっと憎んでた」
「……――――ああ」
アルトリアは押しのけるのを諦めたのか、両手を力なく落とす。
「私、士郎さんが信じられなくて、何度も疑った。だから私は貴方に愛してもらう資格なんて無い」
「それでも、止められない。この気持ちに、嘘なんてないから」
アルトリアは俺の背中に手を回した。
そうして俺らはようやく、抱き締め合った。
「きっと、貴方は後悔する――――――」
そう呟きながらも、離れたときのアルトリアの表情は穏やかなものだった。
見つめあったまま、動かない俺たちに苛立ちを含めた遠坂に
「いいムードのところ、悪いんだけど。そろそろ時間も押してるしいいかしら?早くしなさい、さもないと………―――――」
「わかった、分かったから、ガンドはやめろ」
ガンドで撃たれそうになったので、俺とアルトリアは身を離す。
「ふぅ、大体この問題はアルトリアだけの問題じゃないでしょう?セイバーも関わってんのよ?彼女にも聞かないと。勝手に消されるなんて本人も納得しないだろうし」
確かに、セイバーの意思も尊重しなくちゃいけない。
もし、セイバーが生きたいと願えば、それこそ大変なのだから。
「その必要は無い。私はマスターの言うとおりだと思う」
その答えがそのまんま返ってきた。
「あら、セイバー丁度いいわ。貴方にも一応聞かなきゃいけないから」
驚愕で動けない俺に代わって遠坂が反応する。
遠坂はアルトリア(今はセイバー)に近づくと、その胸に手を当てた。
「と、遠坂?何をするつもりだ?」
いかにも怪しい動作にうろたえまくる俺を遠坂は一瞥すると、呆れた感じに溜息つく。
「誤解しないでくれない?魂の別離を行うだけよ、馬鹿」
馬鹿という言葉にむっとしながらも、とりあえず黙って見る事にした。
しばらくして、遠坂は小さく頷くと
「ん、この様子なら問題ないわ。もう少し融合してるかと思ったけど」
遠坂はセイバー胸から手を離して、こちらに向き直った。
俺は遠坂の言葉を理解できなくて、首を傾げる。
「セイバーの魂と、アルトリアの魂は大本が一緒だって言うのは教えたわよね?まぁ、普通は別離した魂は、長い年月別離している事で別のものになるんだけど、大本が同じでしょ?だから別離していた魂はお互いを呼び合い、再び一つになろうとするの。それが融合」
それに気付いたのかご丁寧にも説明してくれたらしい。
「そうか、一つから二つになったものが混ざろうとするのは当たり前か」
「うん、魂の事も同じようにいえるんだけど。とりあえず夜までには終わらせないと。
準備してくるから、それまでに伝えたい事があるなら伝えときなさい」
遠坂は立ち上がると、そう呟いて居間から去って行った。
「………」
「………」
居間に残ったセイバーと俺は、一言も喋らず、そのため居間には静寂が訪れていた。
カチコチいう音だけが響いている。
音という音が無く。
その静寂を破ったのはセイバーだった。
「貴方は幸せですか?」
「え?」
それは俺にかけられた問い。
「ああ」
改めて俺はその問いに答える。
幸せだと、セイバーに言う。
それをセイバーは
「そうですか」
穏やかな顔で、満足そうに頷いた。
「シロウはきちんと今を生きているんですね。貴方は私のような存在で、足を止めるような人ではなかった。それが私はとても嬉しい。貴方は変わらずあり続けていることが
私はたまらなく嬉しいのです」
「そうか」
「はい、大体私たちの物語は、既にあの日に終わっていた。今更、第二の生等言われたところで私には、実感が湧かない。だから私たちにはこれが相応しいのです」
セイバーは静かに目を瞑る。
胸の前で手を組んで、なにかに祈るように
遠坂の足音が聞こえてくる
「誓いましょう
貴方の幸せが永久に続くように
聖なる泉の中で、永遠に祈る事を――――――誓いましょう」
瞑っていた目を開き、優しく微笑んだ。
その後、遠坂による魂の別離は無事済んだ。
◆
つまり、この家に居ないんであって
「桜、別に苦しいわけじゃなくてだな」
「そうよねー、あんたが苦しんでいるのは、愛しい愛しいアルトリアが実家に帰っちゃって悲しいのよね――――(ザマ見ろ)」
そう、魂の別離が済んでから何ヵ月後に両親に呼び戻され、それからずっと会っていない。
なんでも、お父さんのほうが危篤状態だから、帰ってきなさいとか何とか。
というか、遠坂、いま黒い思考が、バレバレだったぞ。
「ある、とりあ?」
俺と遠坂以外の皆が聞き慣れない単語に首を傾げる。
「ちょっと士郎(先輩)、アルトリアって誰?」
そういえば、皆知らなかったんだっけっか
って、ちょっと俺やばい?
「すこし、外出てくるな」
生命の危険を感じて、ダッシュで玄関に向かう。
「「「「まちなさーい!!」」」」
案の定、後ろからダダダダと騒がしく追いかけてくる音がしてきた。
捕まるまい、とダッシュのダッシュで外に飛び出ると、人とぶつかる。
「きゃ」
俺は止まりきれずにその人を巻き込んで、前のめりに倒れると、そのままその人物の手を取る。
何故か
俺にはその人物の正体がすぐ分かったから。
「久しぶり」
俺は振り向かずに呟くと、その人物は小さく、はいと呟いた。
さて、どこに行こうか
俺は大空を仰ぎ、拭き出した汗を拭い、掴んだ手はそのままで。
今年も、桜を見に行こうか。
「行こう、アルトリア」
握り締めた手をもっと強く握って。
乗り越えた壁の分だけ、そのあとの幸せがまぶしい。
俺とアルトリアの物語は、始まったばかり。
きっとこれからもいろんな問題があり、いろんな壁があるだろう。
それでも、幸せを掴むために乗り越えていく。
これは、大切な人を失った正義の味方が
大切な何かを手に入れた、そんなお話。
刹那の邂逅、そして差し伸べた手、想いは時を越えて今に伝わり、始まりのLast Days
終わりは始まりへの一歩だから
俺はもう一度、大きく空を仰いだ。
あとがき
えー、最後らへん、少しロマンチックになってしまいましたが。
これで無事アルトリアシリーズが終わりました
これからは紅い涙を公開していくと思いますので、お楽しみに
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Last updated at :2008/06/07(Sat) 15:40
Publish at :2007/10/28(Sun) 22:05
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